院内ブログ

比翼連理~ふたりの闘病記②(多系統萎縮症)

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■決断

7月29日午前9時 奥様の恵津子さんからクリニックに電話が入りました。

昨年呼吸状態が悪化して入院し、呼吸器はつけない、と決断してから、死を覚悟しながらの自宅療養ではありましたが、驚異の生命力で半年以上がんばってきました。

実は先週末から呼吸状態が悪化し、どう考えても一両日中だろう、という深刻な状態におちいっていたのに、(きびしい状態とは言え)持ちこたえたのです。これには主治医である私がいちばん驚きました。「ほら、この人、生命力が強いでしょう? 先生も勉強になったでしょう?」と喜色満面の奥様の様子に、私も笑って「勉強になりました。」とお答えしました。

その危機を脱して安心していたところへ、思いもかけない連絡です。どうやら昨夜から下血が続いている・・・。

この病気の影響で、村松さんの筋肉と関節は、ガチガチに固くなっています。が、そのからだがグニャっと柔らかくなっていると仰る。血圧を測っていただいたら65/33。

まったく予期せぬ展開ながら、これまでギリギリのところで頑張ってきたお体は、今度こそ持ちこたえられないだろう、と直感しました。

往診に伺い、直感は確信に変わりました。

昏睡状態。 Japan Coma Scale Ⅲ-200。痛み刺激でわずかに筋肉の収縮がみられる程度。

脈は弱くなっており、血圧は血圧計では測れず、触診で42/-。脈拍も40ちょっとで不整。酸素飽和度も指に挟むパルスオキシメーターでは測定できません。血液ガス分析(うちではiStatという小型の分析器を使っています)ではpCO2 112.6、pO2 52、pH 7.067.

出血性ショックに加え、酸素と二酸化炭素の値が逆転し、アシドーシスを呈している状態。これは、もう、さすがに・・・。

奥様が泣きながら私を見つめておられます。「どんなことをしてでも生かしてください」と仰ったらどうしよう?

どう切り出そうか逡巡していると、奥様の方から「もうダメなんですね。」と仰いました。4日前に深刻な危篤状態を経験しただけに、今度こそ覚悟されたようです。

「私の気持ちだけで引き留めるのは、もう可哀想。」

先日、私が「一両日中」と言ったにもかかわらず、あきらめきれない奥様は文字通り不眠不休で体をさすったり肺理学療法をしたり、と奮闘されました。

「先生が『いい顔だね』って仰ったとき、本当に穏やかな、安らかな顔だったのに、私が引き留めてしまった。可哀想なことをしてしまった。今日こそ静かに見守って、静かに逝かせてあげたい。」

でもそう言いながら、真っ赤に泣きはらした目に、キラリと迷いがきらめいた気がしました。

発症から19年間、通院が難しくなって私が訪問診療でおつきあいさせていただいてから11年間、文字通り献身的に、ご自分が倒れた時以外は1日も休まずに介護に当たってきた方です。ご主人が1日1日をなるべく安らかに過ごせるようにと、なによりそれを優先して生きてこられたのを、私がいちばんよく知っています。 ほぼ確実に今日中に亡くなるだろう。いったん危機を乗り切ったばかりなのに、今日突然ご主人を失ったら、この方はいったいどうなってしまうんだろう?

最後は奥様がおっしゃいました。

「先生のご両親が同じ病気で同じ状態になったら、先生だったら、どうしますか? それと同じくしてください。」

長い付きあいを経て、最期の決断の時。医師と患者の立場を忘れ、完全に私個人の気持ちでお答えしても、この場ならゆるされるだろう。

「・・・このまま静かにみまもります。」

「じゃあ、そうします。そうしてください。」

奥様の口調には力がこもっていました。

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さくらクリニック 院長 佐藤 志津子
さくらクリニック 院長
佐藤 志津子
覚悟の瞬間 医療法人社団緑の森さくらクリニック 佐藤志津子

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