院内ブログ

103歳の誕生日おめでとう!(伊藤ハツさん)その2

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ハツさんの主治医 佐藤です。
平成19年5月からなので、もう8年以上、ハツさんの主治医を務めてきました。
103歳ということで、今回診療助手の荒川が記念写真を激写して、ブログに上げてくれました。これまでの経緯について、少しご紹介します。

そもそもハツさんが在宅療養を始めた時は、かなり物騒な話でした。
ハツさんは脳出血の治療をしたあと療養型病院に入院していたのですが、誤嚥性肺炎を繰り返して絶飲食になり、点滴を続けていました。寝たきりでガリガリに痩せた様子を見て、娘さんたちが話し合い、「こんな状態で最期を迎えるのはかわいそう。家に連れて帰ろう。」ということになり、主治医の先生の反対を押し切って「看取り覚悟で」家に連れ帰ったのです。この時ハツさんは95歳。

で、退院した当日に往診に伺いました。
血圧や脈拍などは安定しており、呼吸状態も良好。痩せこけている以外は特に問題ありませんでした。
脳血管障害にともなう認知症はありますが、譫妄状態(意識障害のため、一時的に錯乱状態になること)が強い、という印象でした。
ハツさんの脳出血は「後頭葉出血」。後遺症で半盲(外側半分が見えなくなる)が残っていましたが、後遺症で体の麻痺はなく、嚥下障害はなかったはず。
「病院ではずっと絶飲食だった。このまま死なせるのはかわいそう。少しでも食べさせてあげたい。」という娘さん達の希望を伺い、とろみ食を試してみました。少しムセましたが、95歳で2か月以上食べていなければ、誰でもこうなるでしょう。
ということで、様子を見ながらとろみ食、ミキサー食を試してみましょう、ということにしました。

で、その後どうなったかというと、退院から2週間ほどでみるみる元気になり、この年齢では食べすぎなんじゃないかと思うほど、食べること食べること・・・。食形態の制限も要らなくなり、何でも良く食べる大食漢のおばあさんになってしまったのです。
廃用症候群(寝たきりの生活が続いたための機能低下)で歩けなくなっていましたが、リハビリも頑張って、手引きで歩けるくらいに回復しました。
娘さん達は、悩みに悩んで退院させたので、お母さんがどんどん元気になっていくのをみて、喜びもひとしお、と言う感じでした。

なぜ病院では肺炎を繰り返し、食べられず、寝たきりになってしまったのでしょう?
どうも入院中、譫妄状態(大声で叫ぶなど)がひどかったらしく、点滴に鎮静剤が入っていたようなのです。他の入院患者さんたちに迷惑がかかるので、ある程度しょうがないですね・・・。
おそらく、鎮静がかかる→意識レベルが下がる→誤嚥する→肺炎を起こす→全身状態が悪くなる→衰弱する→食べられない→衰弱する→点滴して寝たきり・・・と、どんどん状態が悪化したのではないでしょうか。
家に帰ってきた途端に劇的に食べれるようになったのは、もちろん娘さんの愛情がこもった料理と、献身的な介護ゆえなのですが、何より鎮静剤が切れたので元気になった のが大きかったのではないかと推察します。

そんなハツさんも、100歳を超える頃から(当たり前ですが)食事量が減り、時々誤嚥性肺炎を起こすようになり、現在はミキサー食とゼリー状飲料です。
最近は1日の大半を寝て過ごすようになり、覚醒したタイミングで娘さんが無理のない範囲内で食べさせてあげています。
103歳のお祝い、で食べたスイカは、ちょっとフライングなのですが、大好物だし、均一な形態なら結構いけるので、ある程度娘さんの判断にまかせて食べていただいています。

この1年は「103歳までがんばろう」でやってきましたが、目標を達成してしまいました。
娘さんとは「もしかして104歳までいけるかも」、「あたしの方がもつかしら」なんて話しながら見守っています。

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さくらクリニック 院長 佐藤 志津子
さくらクリニック 院長
佐藤 志津子
覚悟の瞬間 医療法人社団緑の森さくらクリニック 佐藤志津子

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