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第14回 神経難病の包括的呼吸ケア・ワークショップに行ってきた(その1)

10月13日(土)「神経難病の包括的呼吸ケア・ワークショップ」に参加しました。ちょっと(だいぶん)遅いご報告になりましたが(書きかけて放置してしまった。)、神経難病で療養中の方、延命治療の意思決定、尊厳死 などに関心をお持ちの方には、ご参考になることも多々あると思いますので、一生懸命思い出しながらUPします。

特別講演の座長は、かつて神経病院でたいへんお世話になった小森哲夫先生
お題は「人工呼吸療法中止を「合法化しない」方策に関する倫理的提言―「生きていて欲しい」と願うことと、本人の「意思決定」を尊重することー
(ド直球)
神経難病、特にALSの患者さんを支援してゆくうえで、私たちが最も悩むところ。土曜日だというのに、参加者194名と大盛況なのは、やはり同じ問題意識を持っている方が多いということか。
聴衆がぎっしり。一番後ろしか席が空いてなかった・・・・

演者は 宮崎大学医学部社会医学講座 生命・医療倫理学分野 板井幸壱郎先生。難しいテーマを扱いつつ、軽妙なトークで時に笑いを取りながらグイグイと進行。
以下、ご講演の内容のメモ。

  • コミュニケーションがとれなくなった患者さんの呼吸器を外すことを、法的に認めるべきか?
    • 一般論と当事者の間には、当然距離がある。一般論ではYES(認めるべき)が7割、NO(認めるべきではない)が3割。当事者ではこの割合が逆転する。
    • 将来的にコミュニケーションが可能になる可能性はある。その可能性に望みをかけて、頑張って療養され、介護にあたっている方々がたくさんおられる。その可能性を摘んでしまうのはいかがなものか。
    • その人の人生観、倫理観など、非常に個別性の高い問題である。法制化に馴染むのか?
  • 法律家の意見も多様
    • 肯定派
      • 人工呼吸器を「着ける権利」はあるのに「外す権利」がないのは「自己決定権」の観点から矛盾がある。
      • 「生かされ続けることを望まない」という患者さんの意思を無視するのは「人間の尊厳」の侵害である。
    • 否定派
      • 「法律で外す権利が認められている」こと自体が、患者さんに「無言の圧力」をかけてしまう可能性がある。
  • では解決の道は? →「違法性の阻却」という考え方
    • 「法的権利」として合法化するのではなく、ケースごとに事情をしっかり把握して、「特例」として認める。
    • =無言の圧力とならぬよう、法制化せずあくまで「特例」として違法性を阻却する。
    • 具体的にどう対応するか?
    1. 本人が呼吸器中止を希望したら、家族、主治医、コワーカー等、現場のスタッフだけで抱えないこと
    2. 病院の「倫理委員会」が関与する
    3. 更に、第三者的な倫理委員会で検討する=現場で抱え込まないで、社会全体で考えていこう


    私もこの
    「違法性阻却」が最も実情に合っていると思う。
    ただし、私たちが関わっている在宅療養の現場では、ちょっと困ってしまう。
    24時間呼吸器管理の状態で通院するのはたいへん負担が大きい。呼吸器がついてしまえば、大抵のことは自宅で対応できるので、もう何年も病院のお世話になっていない患者さんがたくさんおられる。
    そんな方々に対して開かれている「窓口」は、現状 ない。

    では、その窓口を作ればいいだろうか?
    「呼吸器を外したい方は、こちらへご相談ください」みたいな窓口があること自体が、「無言の圧力」になってしまうリスクはある。やるとすれば、まず在宅医療にかかわる医師、看護師、保健師あたりがその情報を持ち、検討すべき事例が生じたら慎重に患者さんとご家族に情報提供する、という流れにした方がいいのではないか?

    人工呼吸器をつけて生活している方の立場に立って考えてみよう。
    病気の進行とともに、これまで普通にできていたことを、ひとつひとつ諦め、他者に明け渡していくのは、辛いことだ。
    それと共に、家族の介護負担がどんどん増えてゆくこと、大事な家族の時間を奪っているという罪悪感に悩む患者さんは多い。

    「何もできない自分」「周囲に迷惑をかけるだけの自分」は、生きるのをあきらめた方がいいのではないか?
    そんな気持ちで「外す選択」をする方が続出したら? 
    それは「尊厳ある自己決定」とはかけ離れている。

    逆に、呼吸器を着けるかどうかの選択の場面を想像してみてほしい。
    「着けたら外せない」ことが、患者さんとご家族を苦しめ悩ませているのは事実。
    もっと言えば、「今はまだ生きていたい。でも、呼吸器を着けたら、(呼吸器を外せない故に)からだが全然動かなくなり、食べることも話すこともできず、ついには目も動かなくなってコミュニケーションが全然とれない状況(total locked in state、閉じ込め症候群と呼ばれることも)になっても、生きなければならない。
    今 迫りくる死を回避するためには、「死にたくなっても死ねず、生かされる未来」をセットで引き受けなければならない。
    「そんな状態になってまで生きていたくない」、「生きるしかばねになって、何年も家族に迷惑をかけたくない」という理由で呼吸器を選択しない、つまり今生きながらえることを諦める患者さんは、実際おられるのだ。

    ALS患者さんの人工呼吸器の意思決定については、いくつもの観点から議論を尽くされなければならない。極論すると答えは出なくてもいい。考え続け、話し合いを続けることがとても大事。
    ひとりひとり「個別の案件」として、型にはめずに「その人の生き方」を支援してゆくために。

    …長くなってしまったので、その2に続く

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