「終末期」における輸液

「終末期」における輸液



院長 佐藤です。
「口から食べれなくなったら・・・」の流れで、「番外編」では点滴(末梢補液=手足)の話題に触れました。
今日は更に突き詰めて、「終末期における輸液」についてお話したいと思います。

🌸この記事を最初に読んでくださった方へ
▼この二つの記事を先に読んでいただいた方がわかりやすいかもしれません。▼

 

私が研修医だった頃(かれこれ四半世紀前😅・・・)、「終末期」の患者さんが病院でどのような治療を受けていたかというと、
・食べられなくなったら中心静脈栄養点滴
・呼吸状態が悪化したら酸素投与、もっと悪化したら呼吸器を着ける場合も
・心電図・血圧・心拍などの24時間モニター
等々、いろんな管や機械を着けられて、最後の数日間~数週間を過ごされるのが一般的でした。

たくさんの管や電線をからだにつけられた状態は、「スパゲッティ症候群」とも呼ばれました。
「こんなやり方で延命するのは、非人間的じゃないのか?」という疑問符をこめての命名です。

私も研修医時代は、「治す可能性」を最期の最期まで諦めずに追及するのが主治医の使命だと信じていました。
病気に侵されてもからだは生きようとします。その真摯さ、健気さ、「生きようとする、いのちの意思」を臨床の現場で見せつけられ、こたえなければならないと思ったからです。
「死」も命の一部だから いつか終わりが来るのだけれど、若い医師は よく言えば純粋、正しくは経験が浅く視野が狭いので、「もう十分戦ったから、ゆっくり休ませてちょうだい」という からだの声に耳を傾ける余裕がないのです。
(少なくとも私はそうでした)

平成8年、「病院で死ぬということ」という本が出版されました。一世を風靡しましたから、ご記憶の方もいらっしゃるのでは?
筆者の山崎章郎先生は、当時現役の医師。
多くの末期がんの患者さんの闘病と死に立ち会ってきた経験を語っておられるのですが、「病院で死ぬことの残酷さ」がひしひしと伝わってきて、身につまされました。
日本の医療が、「終末期を人間らしく生きる」という考え方へ大きく転換する舵をとった、と言っても過言ではない名著です。

あれから20年以上経ちました。
近年は「病気と闘って勝つだけが医療じゃない。病を抱えながら人間らしく生きて死ぬことのサポートも、医師の大事な役目。」という認識は行き渡っていると思います。
「最期の大事な時間を家で過ごしたい」、「家で死にたい」と望んで退院されてくる方も増えてきました。
しかしそれでも、「終末期を人間らしく過ごす」、「無駄な延命治療を受けずに過ごす」とは具体的にどういうことか? 患者さんも医療者も、まだまだ勉強しなければならないと感じます。

そのひとつが「終末期における輸液」です。

・・・と、また前置きが長くなってしまいました。😣 疲れた人は明日後半を読んでね。
「家で死にたい」、「家で看取ってあげたい」と望んで退院してくる方たちに、なるべく楽に過ごしていただくためにはどうしたらいいか?

補液は「できればやらない方がいい」、やるにしても「明確な目的や計画をもって、最小限にした方がいい」というのが、私の意見です。

以前勉強会で使ったスライドを元に説明しますね。(↓)

【解説】
点滴をすれば 命は伸びます。
でも、弱ったからだに安易に点滴をしたらどうなるか?

1.痰が増える
分泌物が増えるので痰も増えます。衰弱すると自力で排痰(=痰を出すこと)できなくなるので、喉にゴロゴロと痰が絡み、呼吸しにくくなります。
あるいは、ご本人は意識が落ちてもう苦しくなくても、見守るご家族にはとても苦しそうに見えます。
そうすると、吸引器で吸引することになります。吸引は苦しいです。痰が絡む苦しさを和らげるために、吸引をして辛い思いをさせなければならない、ご家族も辛いです。

点滴をしないと脱水になるので、痰は減ります。
吸引器は必要かもしれませんが、吸引の回数は格段に減りますので、ご本人にとってもご家族にとっても、この方が絶対に楽です。

2.浮腫
心臓の機能が弱っているところに水を入れる(=血液の量が増える)と、心臓が対処しきれなくなって心不全になります。からだが浮腫みます。
手足が浮腫んだ経験はありますか? 女性の方なら「立ち仕事で一日過ごすと、足がパンパン」なんていう方も多いのでは?
立ち仕事どころではなくからだがブクブクに浮腫んだら、しんどいです。
浮腫みを取るためには利尿剤を使います。水を入れる→薬で出す→水を入れる→出す、を繰り返すことになります。

3.胸水・肺水腫
浮腫みより厄介なのは、肺に水が溜まることです。呼吸が苦しくなるので、在宅酸素を使います。

どうでしょう。 「スパゲッティ」まではいきませんが、どんどん病院じみてきたでしょう?

「でも、脱水になったら苦しいんじゃないですか?」
それは違います。苦しくありません。
少しずつ意識レベルが落ち、うつらうつらの状態から徐々に眠りが深くなり、静かに永遠の眠りにつくことになります。

ご自宅で自分らしく最期を迎えたい、看取りたい、という願いにこたえられるのは、どちらでしょう。
ご家族の方にお願いしたいのは、「何かしてあげたい」、意地悪く言うと「何かしてあげてるような気になりたい」という利己的な理由で 安易に点滴するのはやめましょう、ということです。

一方、「点滴は絶対にダメ!」と決めつけるのもよろしくありません。
(何事も、極端な決めつけは、たいてい間違っています)

  • 全身状態にもよりますが、「誤嚥性肺炎」「尿路感染症」を起こして高熱が出て ぐったりしてしまった時、回復が期待できるなら 抗生剤とともに体に負担がかからない程度の点滴をするのは「あり」です。
  • 胃癌や大腸癌で食べ物が通過しなくなってしまった時、全身状態に応じて 中心静脈栄養や点滴を使うのは、「あり」です。
  • ご家族が「お別れ」を受け入れがたい時、ご本人にしばしお付き合いいただいて一緒に過ごすのは「あり」だと思います。(付き合ってもらっている、という自覚と感謝の気持ちを忘れないで! そして、ご本人にあまり無理をさせないであげてくださいね。)

 

おからだの状態、ご本人やご家族のお気持ち、全てを配慮した上で、点滴をするか否か、するならどのくらいの量と期間にするか、を采配するのが主治医の仕事です。
そういう話し合いや説明をせず、一方的に「こうします」と決めてしまう医師は、少なくとも在宅医としてはダメです。
ケアマネージャーさんや看護師さんにチクって、反省を促してください。

そもそも終末期って何? とか、「終末期」といっても病気によって色々でしょう? とか、鋭い質問が来そうですね。
癌、難病、老衰、認知症、心臓病、肺疾患、腎臓病、等々等々、勿論「色々」です。

それは少しずつ(続編)ということで。😊

長い文章を読んでいただいて、ありがとうございました。

 






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