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🌸気管切開物語🌸~人生の第二ステージといこうじゃないか

🌸気管切開物語🌸~人生の第二ステージといこうじゃないか



さくらクリニック練馬 院長の佐藤です。
山村ヒガシさんの闘病記シリーズ、今回はついに 気管切開のお話です。
相変わらず軽妙でユーモアあふれる“ヒガシ節”ですが、術後ICUという完全アウェイな環境で、「伝えられないこと」「わかってもらえないこと」で不安に突き落とされたこと、医療者のちょっとした働きかけで救われたこと、等々。
なるほど、です。これは特に病棟で働く医療者の方々に読んでほしいと思いました。

呼吸器をつけて生きていく、という一大決心に至った経緯も 語ってくれていますので、患者さん、ご家族、そして支援者の皆さんも、ご参考にしてください。

土曜日の声で目が覚めた

「今日は土曜日……休憩行ったら服薬回ってくれる?」
「OKです。じゃあ休憩行って来ま~す」
「俺は栄養回ったら休憩行くね」
「は~い」

……うん? 何やら周りで声がする。う、う~ん、ねむい。
土曜日? そうか土曜日か。ああ、体が痛い。ここはベッド……そうだな、ベッドだな。

えっ、土曜日? たしか手術を受けたのが火曜日。てことは火曜日から土曜日まで眠ってたってこと?

深い眠りから覚めた私は、看護師らしき人の声で今が土曜日ということを把握した。ここは……ICUのはず。

術後にどのくらい眠っているのか? 術前に看護師からは「人による」と言われ、一週間とか、三日とか、五日とか……手術を受ける私にとってはドキドキだった。
結局4~5日ほど眠っていたことになる。その間の記憶が全くない。

そうなのだ。令和7年1月、進行がゆっくりな私は、ついに、ついに、ついに気管切開をした。
私の場合、食道と気管を分離する 気管喉頭分離術 を同時に行った。これで誤嚥が完全に防げるという。

☟チャッピー(chatGPT)で作ってもらったイラスト
助かりますー

気管切開の時が来た

あれは去年の梅雨時だった。
なんとなく呼吸がしづらいなぁ~と感じて、それまで就寝時だけ着けていたバイパップを、日中に着けるようになった。
97~98%あった酸素飽和度が、95~96%に下がってきた。
バイパップの圧の設定がなかなか合わなくて主治医もてんてこ舞い。私は「こりゃ呼吸機能が弱くなってるな」と実感したのだ。

そして夏から秋にかけて、さらに状態が悪化した。気管への唾液の垂れ込みが酷くなってしまい、すぐにむせるようになってきた。
加えて10月にヘルパーさんから変な風邪をもらったのがきっかけで、痰が絡んでしょうがない。
健常者ならすぐに吐き出せるけど、呼吸機能が弱くなっている私は、痰で窒息しそうになるのだ。

座位でもベッドに横になってもむせるので、ヘルパーさんの力量でどうにもならない時は看護師さんを呼ぶこともしばしば。吸引器のカテーテルを喉の奥の方まで入れ、頑張って痰を吸引してもらって、なんとかしのいだ。

「これはもう、気管切開の時期が来たかなぁ。そろそろ覚悟を決めようか?」
何度も死ぬ思いをした私は、主治医の勧めに当然「はい」と言った。

幸いなことに、体を斜め(少し側臥位)にして寝ることでむせにくいことがわかったので、しばらくベッド生活が続いた。
そのうち、車椅子の背もたれをかなり倒すとむせないこともわかり、起き上がって生活できるようになった。
その間 病院の選定、受診、入院の段取りを着々と進め、私は緊急搬送されずに、安全な形で手術することができたのだ。

ICUという名の“地獄”

あ~あ、早く一般病棟に上がれねーかなぁ。
なーんにもやることがない。天井を眺めて時が過ぎるのをただ待ってるだけ。術前のICUの看護師の説明ではラジオが聴けるって言ってたけど……。

「ちょっとこっちのベッドに移ってもらいますね」
二人の看護師が別のベッドを持って来て私を移し始めた。「よっこらしょ!」と、上手く移すもんだなぁ~って感心していると、一人が「大丈夫だね」と言って、もう一人と作業が終了したことを確認し合っている。

ちょっとちょっと、大丈夫じゃないよ、腰が曲がってるから直して欲しいんだけど……え、え、なに?

看護師がいきなり「まぶしいから被せますね」と言って、四角く折られたタオルを私の目の上に置いて、そのまま去って行ってしまった。

ちょ、ちょっと、何してくれるんだよ! 暗いよ! 見えないよ! 意識がある人の目を断りもなく隠すなんて!
これじゃ何か用があっても看護師が気づかないじゃないか!
それと腰を直してってくれよ! 痛くなるのは時間の問題じゃねーか! おい、おーい!

とっても不思議だ。なんで何も聞いてくれないんだろう。
「痛いところありますか?」とか「まぶしいから被せますか?」とか、ちょっと聞いてくれればいいのに……あなた達がこっちの立場ならどうなのよ?

伝わらない・伝えられない・・・

仕方ない、とりあえずできることをやろう。
とにかく身動きが取れないからなぁ……でも下半身に少し力が入るから、足を伸ばすようにして腰を真っすぐにしてみるか。
ふんっ!……よし、若干真っすぐになった。
これを何度か繰り返すと、腰の曲がりはほぼ直った。あとは目の上のタオルだな。何が「まぶしいから……」だよ。全然まぶしくない。

ICUの看護師さんは文字盤が下手だし、使おうとしてくれる人もほとんどいない。
こっちの要望を伝えられないんて……あ~あ、ICUは最悪だ。

灯りが点き日曜日になった。なんとなく目が冴えて正直あまり眠れず、憂鬱な気分であった。
案の定今日の看護師さんも、体交(体位交換)で頭や腰の位置が悪いのに行ってしまったり、何も聞かずにタオルを目の上に置いてったり。
ただ夕方、とある青年看護師さんが「目隠しどうする?」と聞いてくれて、久しぶりに視界が開けた。これは本当に感激した。

「何か言いたいことがあるのね? ちょっと文字盤持って来るから」
そう声をかけてくれたのは、体交に来た夜勤の看護師さん。
やった! ついに救いの女神が現れたのだ!

私は「上に行けるのはいつ?」と聞いてみた。
「上って一般病棟? 先生も傷は順調って言ってたから、明日か明後日には行けると思うんだけどねぇ」

よっしゃー! 早ければ明日かぁ。いよいよICU地獄から抜け出せるぜ!

一般病棟へ――生還!

一般病棟に行けるか行けないかが決まる、運命の月曜日がやって来た。
「おはようございます。調子はどうですか」と、先生が診察に来た。多分9時ぐらいだ。
傷を診たり周りの機材の数値を見たり、一通りが終わると先生は言った。
「このあと……14時でいいかな、一般病棟に上がりますのでね。傷も順調だし大丈夫でしょう。ヘルパーさんにも連絡しておきますから」

やったぁぁぁっ! ついに、ついに地獄から天国へ! いやぁ~、ハッピーだぜぇ。

♪お昼休みはウキウキウォッチング あっちこっちそっちどっちいいとも~♪
何年も前に放送終了した『笑っていいとも!』のテーマソングが頭に浮かんだ。なぜって? 私の心がウキウキだからさ!

「おーい、生きてます?」
あ、ヘルパーさんだ。久しぶりに顔を見たなぁ~と思ったけど、奇妙なことを言い出した。
「木曜日に来たの覚えてます?」

え? 何言ってんだこの人は……ホントに来たの? なーんにも覚えてないや。
「えぇぇぇっ! あんなに文字盤したのに全然覚えてないんですか?」
私が「はい」と言ったら、ヘルパーさんはショックを受けていた。
すると隣にいた先生が言った。
「それは仕方ないですよ。鎮静剤の影響で記憶はないと思いますよ」

そんなこんなで、私は一般病棟への生還を果たしたのだ。さらば、地獄のICUよ。

私は浦島太郎になった

ICUにいたおかげで一週間の情報がない。私はこの一週間何があったのかを知るためにテレビにかじりついた。

えっ、この長時間の会見は……フジテレビはいったいどうなっちゃったんだ? 中居くんが芸能界引退? 世の中がわからない……私は浦島太郎か?

そうだ、何日も意識不明の人が目覚めた時って、きっとこういう感じなんだな。
ちょっとした異次元のはざまにいるような……。

退院、そして「第二ステージ」へ

その後はリハビリや呼吸器に慣れたりに約三週間を要し、2月中旬、無事に退院することができた。
およそ一カ月の入院生活だった。

ALSの人は気管切開をするかしないか、生か死かを、選ぶ時が必ず来る。私は色々考えて、生きることを選んだ。
何かのドラマで「絶望の隣には希望がある」ってセリフがあったな。その言葉を信じて、人生の第二ステージと行こーじゃないか。

☟ヒガシ氏の写真
可愛いリボン結びはファッションではなく、カニューレと呼吸器の接続部が外れないための工夫です。

山村 ヒガシ

主治医コメント

いかがでしたか?

気管切開をするか否かの意思決定は、患者さんにとっても支援チームにとっても、とても大きな節目です。
一大決心をして手術に挑んだヒガシさんの心に刻まれたのは、術後ICUでの辛い経験でした。

でもちょっと待って!
ICUは一般の病室とは違って、だだっ広い空間にベッドがダーッと並んでいて、医師と看護師がバタバタ走り回っている、そういう慌ただしい現場なんです。
日中は照明が煌々とついているので、天井を見上げている患者さんは、まぶしくてしょうがない。

☟こんな感じ

だから看護師さんは、気を利かせてタオルで目を覆ってくれたのでしょう。それは善意の行為です。
でも、病気のためびくとも動けないヒガシさんには、地獄の経験になってしまったのです。
とある看護師さんの「目隠しどうしますか?」というたった一言。ここで彼は救われたわけです。
さらに「何か言いたいことがあるのね」→「文字盤が必要ね」→「持ってくるわね」と気づきから行動につなげてくれた看護師さん。すばらしいです。

生きるか死ぬかのギリギリのところで戦ってくれている医師と看護師さんに、「患者さんの気持ちを考えて!」と要望するのは過酷なことだと思います。
しかし一方、ほんのささやかな気づきと声かけで、ヒガシ氏の心が救われたことも事実。
手術と術後の管理を一生懸命やってくださった先生達、看護師さん達の奮闘が、患者さんに伝わらないのは勿体ない!!

だからやっぱり 私達医療者は、この場面で患者さんはどう感じて何を考えているだろう?という想像力を働かせなければならないですね。

ヒガシさん、今回も大事な気づきを私たちに与えてくださり、ありがとうございました。
ここからの「第二ステージ」も、在宅チームでしっかり支えていきますので、よろしくね。






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