🌸キセキの男、ここに現る🌸
🌸キセキの男、ここに現る🌸
2025年11月24日
さくらクリニック練馬 院長の佐藤です。
私の手元で停滞しているだけで、ヒガシ氏は着々とブログを書き溜めておられます。
今回は、コロナ禍の真っただ中でヒガシ氏に起きた とっておきの奇跡のお話です。
Contents
コロナ禍襲来
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人類を震撼させた新型コロナウイルス。まさか自分が生きてる間にこんな歴史的な感染病が発生するなんて。初めて知ったよパンデミックって言葉。響きはなんかカッコイイけど、とんでもない事態じゃねえか。
それにしても世の中の生活スタイルが変わってしまったね。
オンライン、リモートワーク、テイクアウトなど、すっかり定着したものもあれば、進んでいると思ってたデジタル化が、実は全然進んでいなかったという日本の弱点を浮き彫りになった。
でもこの先デジタル化が定着しても、現金文化は残るんじゃないかなぁ、日本人の気質がそうはさせない気がする。
もし私が健常者なら間違いなく現金を使う。ホントにぃ? ホントだって! 見えないお金ってなんかヤダ! とか言ってるは私だけだったりして……はぁ~、カード作ったことないし、宅配便も代引きが好きだし……はぁ~あ。
そして忘れられないのがコロナワクチン。なぜって、それはALS患者として特別な、いや、とっても不思議な体験をしてしまったからなんだ。今回はワクチンに関しての出来事をご紹介しよう。
新型コロナワクチンを打ったら・・・
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私はファイザーのワクチンを2回打った。
1回目は2021年7月、ちょうど東京オリンピックの前だった。インフルエンザの予防接種と違って筋肉に打つとか言って、上腕部に対して垂直に打つんだよね。痛みにめっぽう弱い私にとって、一瞬とはいえ衝撃の一撃だった。
もちろん副反応は出た。私の場合は熱と細かい咳。熱は38℃を超えたが、上がったり下がったりを繰り越しながら3日ほどで落ち着いた。
問題なのは咳だった。お茶を飲んでる時にコホコホ、豆腐を食べてもコホコホ、おさまってもしばらくするとコホコホ。ぜんそくのような細かい咳が四六時中続いた。ただ、ベッドに横になるとなぜか出なかったから、睡眠はちゃんと取れたので助かった。
そして奇跡が
副反応が出て数日が過ぎた頃だった。
私は「いつまで続くんだよ……」と、うんざりしながら過ごしていた。
コホコホコホコホ……コホコホ……コホ……コホ……。
「はぁ~、ようやくおさまったぜ。とは言ってもすぐにまた始まるんだよなぁ。はぁ~あ。あ、お茶が飲みてーな」(心の声)
私は近くにいたヘルパーさんに文字盤をやってもらおうと思い、気づいてもらうために「ハァ~」と息を出した。すると口から何やら音が出た。いや音ではない、声だ。「ハァ~」って息を出したのに、「ア~」という声が出たのだ。ええええっ! こりゃ一大事だ!
へ「えっ……今、声出しませんでした?」
私「ア~」
へ「出てる……ちょっとどうしちゃったん……いつから出るようになったんですか?」
いつからだろう、気づいたら出てた。
もしかして……と思いながら吹き出してしまった。まさかこれもワクチンの副反応? いやそんなはずはない。でも……分からない、分からないぞ。なんてったってコロナウイルスもコロナワクチンも未知のものだ。体内で何が起きるか分からない。
へ「ア~以外に他の声って出ないんですか?」
私「ア~、イ~、ウ~、エ~、オ~」
へ「スゴイ、出るじゃないですかっ! 夢見てます? 不思議~。ALSはどこ行ったんですか?」
出た。アイウエオって言った。しかもわりと大きな声で。これは発話だ。
実は私、声を完全に失った訳ではない。「ヴゥゥゥッ」とか「ヒャァァァッ」とか「ホェェェッ」とか、あくびや伸びをする時にうなり声みたいなのが勝手に出る。
だがこのアイウエオは自分の意志で出した。これは間違いなく発話だ。
「分からない。謎。え、ワクチンの副反応? それはないでしょ」
主治医に聞いてもこの通り。それ以来、先生の毎回の「さあ、今日もいってみよう」というひと言で、往診は発声練習の場となってしまった。
主「言葉を言ってみようか。何にしようかな……じゃあ『あおい』言ってみて」
私「ア~、オ~、イ~」
主「あら、言えたじゃない。じゃあ次は『えいえるえす』はどう? 難しいかなぁ」
私「エ~、イ~、エ~、ウ~、エ~、ウ~」
主「ああ~ん、さすがにこれは無理か」
前代未聞だ、声を失ったALS患者が発声練習をするなんて。
でも楽しかった。だって失ったと思ってた声が出るんだよ、楽しくて面白いに決まってるじゃん。先生もルンルンだ。
そして毎回の発声練習で私は発見したのだ、ア行以外に何行が出せるのかを。
ア行の他に、ナ行、ハ行、マ行、ヤ行、ワ行(ワのみ)だ。どうやら破裂音や舌を使う音は難しいみたい。
「今まで相当な数のALS患者を診て来たけど、初めてのことだからさぁ、また声が出るなんて。医学の常識を覆しちゃってるからね。やっぱりワクチンの副反応かしら……」
なぜ奇跡が起きたのか、推察してみた
たしかにそうだ、私は今、キセキを起こしているかもしれない。だが、このキセキについて、この謎について、なんとなくこういうことなんじゃないかなぁ~、というひとつの答えが頭に思い浮かんでいた。それは副反応の細かい咳だ。
咳が続くことで喉を刺激して、声帯が一時的に鍛えられて声が出るという仕組みだ。声を完全には失ってない私だから可能になったファンタスティックなからくり。
どう? 「なんてバカな、アホらしい」って思うでしょ。
でも、なんとなく私には確信めいたものがある。自分のことは自分が一番よく分かる。まあ、咳が落ち着けば次第に声も出なくなるんじゃないかねぇ。
とりあえず主治医に私の考えを伝えよう。
「ああ、それはあるかも。声が出るには何か理由がないと」とまぁまぁ同意してくれた。
キセキの男 ここに現る!
そしてワクチンを打ってから2週間、ようやく咳が落ち着いた。いやぁ~辛かった。こんなに咳が出たのは人生で初めてだったし、もう一生止まらないんじゃないかとマジで思った。でも良かった。
さあ、声はどうだ。
咳が落ち着いてから1日目、2日目、3日目、1週間、2週間……「ア~、イ~、ウ~、エ~、オ~」
おおっ! 何日経っても全然言える! 声量もそのまま! スゴイよスゴイよ、こんなことってあるの? これは夢か幻か、いや、現実だ。
iPS細胞なしで失われた機能が回復したキセキの男、ここに現る。
奇跡は続く・・・?
1回目のワクチンからおよそ1カ月、2回目のワクチンを打つ時がやって来た。
副反応が辛いのは分かってたけど、国が推奨してることもあり、最初から2回は打つと決めていた。ちなみに声は衰えを知らず絶好調!
私は2回目を打った。相変わらず痛かったし、熱と細かい咳も出た。そして1回目と同じように咳は2週間で落ち着いた。
知りたいのは声だよ、どうなったのよ声は。それはねぇ……もちろん出てるよ、1週間経っても2週間経っても、「ア~、イ~、ウ~、エ~、オ~」ってね。
ちょっと、これってヤバいんじゃないの。もっともっとワクチン打ったら滑舌も回復して、流暢に「じゅげむじゅげむ……」とか始めちゃうんじゃねえか。なんてったって私はキセキの男だからさ。
夢の終わり
だが、そんなウマい話なんてあるわけがないのだ。チーン!
声は1カ月ほどは快調だったが、だんだんかすれるようになり、お腹に力を入れないと出なくなって行き、年末にかけて声は消滅した。
そう、キセキの男は存在しなかったのだ。
主治医も「きっとそうだろうね」と原因については納得している。そして副反応の辛さを考えると、3回目のワクチンを打つ気はない。夢物語のような体験もおしまいか、あ~あ。
でもいいのだ。キセキの男なんて言われたら、注目され続けながら生きて行かなくちゃならないからね。
普通がいいよ。平々凡々と穏やかに生きて行ければ、ね。
山村 ヒガシ
主治医コメント
ヒガシ氏はとうの昔(10年以上前)に発声機能を失っています。
☟透明文字盤で流暢にコミュニケーションをとるヒガシ氏
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意図せずにうなり声が出ることはあっても、発声することはできませんでした。
それが、「声が出る」ようになるとは!!
最初は母音(あいうえお)のみ。そのうちナ行、ハ行、マ行、ヤ行とワ、も発音できるようになりました。
理由はたぶんヒガシ氏が言うように、咳喘息で発声器官が強制的に動かされるうちに、発音機能獲得に至ったのでしょう。
声がでるようになった8月からしばらくは、楽しかったです。
発音できる音を組み合わせて、「***」って言ってみて、とリクエストして、言えたら私とヘルパーさんで拍手喝采、という具合に、ヒガシ氏で遊んじゃっていました。
残念ながら、奇跡は長くは続きませんでした。奇跡ってそういうものだよね。
でも、発声機能を強化する方法の ひとつのヒントにはなると思います。咳喘息は辛いけれど、発声器官に一定の刺激を与えることで、もしかして、ほんの少しの間でも、発声機能を長持ちさせることができるのでは?
(誰か研究してくれないものか?)
いずれにせよ、この神様からのプレゼントを、思う存分楽しんだヒガシ氏でした。
今思えば、この時期にヒガシ氏が発生した言葉を録音しておけばよかったです、残念。