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第14回 神経難病の包括的呼吸ケア・ワークショップに行ってきた(その2)

第14回 神経難病の包括的呼吸ケア・ワークショップに行ってきた(その2)



書きかけて放置していた下書きがいっぱい😣

練馬に行く前に何とかしなければならなーーい、ということで、「その1」から随分時間がたってしまったんですが、UPさせていただきました。

その2 です。
ここでは、ALSの患者さんが呼吸器を着けるかどうかの意思決定支援について書きます。
その1「呼吸器を外す権利を合法化するかどうか」について。ご興味のある方は こちらを見てね。

第2部は、呼吸器の意思決定支援について、現場からの事例報告が2例。
1例目は、決められぬまま急変して緊急入院となり、装着に至った男性。
2例目は、自分では決められず、家族に判断を委ねたいと希望した女性。
興味深く、かつ共感をもって拝聴しました。

で、改めて「呼吸器を着けない理由」について考えてみました。

呼吸器を着けない理由は、たいていこの4つのどれかです。
1.家族に負担をかけたくない
2.呼吸器を着けて生活することへの不安。いったいこれからどうなるのか?
3.自分の意志で呼吸器を外せない
4.呼吸器を着けて延命するのは、自分の人生観・死生観に合わない。

どれかにはっきり分類できる、というより、複数被るでしょうし、本当の理由を隠すためにもっともらしい理由を第一に挙げる方もいらっしゃると思います。

いずれにせよ、この4つの壁を超えられるなら、呼吸器を選択する人はもっと増えるのではないかと思います。

では順に見ていきます。
1.家族に負担をかけたくない
この言葉の奥には、一言では語れない、千々に乱れる心が詰まっていると思われます。
支援者にできることは、ひとつひとつ不安の種を消してゆくこと。
色々な制度を使えば、ご家族にたいして介護負担をかけずに自宅療養することは可能です。

でも遠慮深い方は、病人(である自分)が大きなスペースを占拠すること、呼吸器やら吸引機やら胃瘻の物品やら、一般家庭ではお目にかからない医療機器が部屋の景観を損ねてしまうことを「申し訳ない」と気に病んだりします。突き詰めていくと「病気になってしまって申し訳ない」という自責の念が根っこにあったりします。

あるいは家族のお気持ちについての懸念。
今は「生きてほしい」と言ってくれているけど、将来病気が進行して、もっともっと手がかかるようになったら、やはりお荷物に思うのではないか? 見捨てられるのではないか? 傷つくのではないか?という不安。

私たち支援者の役割は、お気持ちを丁寧に拝聴すること、つまり「聞き上手」であること。話すことでご自分の気持ちが整理整頓できるし、自分でも気づかなかった本音にたどり着くこともあります。
主治医でも看護師でもケアマネでもヘルパーさんでも、関係者の誰でもいい。そんな風に寄り添えるキーパーソンが得られたら、とても心強いことだと思います。

2.呼吸器を着けて生活することへの不安。いったいこれからどうなるのか?
呼吸器だの気管切開だの言われても、「よくわからない」のは当然。わからないから不安になります。
まず医療者からの情報提供。
一度の説明で分かっていただくのは無理なので、できれば時間をかけて、実物あるいは映像をみていただきながら、具体的にイメージをつかんでいただく。
そうすると少しずつ具体的な質問が出てきます。
「気管切開は家でできないの?」→「できません。」
「入院はどのくらい?」→「抜糸をして、最初のカニューレ交換をして、だと大体2週間くらい。」
「カニューレ交換をするには、病院に行かなければならないの?」→「自宅でできますよ。」
等々。
更に「呼吸器をつけて生活していく」って、どういうことなのか?
運動機能が落ちて、生活動作にサポートが必要になったら?
口から食べれなくなったら? 喋れなくなったら?
具体的にどんな選択肢があるのか、どんな制度を利用できるのか、皆どうしているのか、いいことも悪いことも、なるべく具体的に説明して、わかっていただく。

今はネットでかなり専門的な情報にもアクセスできます。
ご本人やご家族が、熱心に勉強して知識を獲得されていることもあります。でも誤解・曲解もあるし、その誤解・曲解を積み重ねて極端な楽観論あるいは悲観論を持ってしまっている方もおられます。ここでも、主治医・看護師・ケアマネさん等々、いろんな立場の方々の話を聞きましょう。
さくらクリニックからも、呼吸器を着けた患者さんがどんな風に自宅で療養されているか、発信していきたいと思っています。
どうぞご参考にしてください。

3.自分の意志で呼吸器を外せない
これについては その1を見てね。

4.呼吸器を着けて延命するのは、自分の人生観・死生観に合わない。
私は医師なので、自分が関わった患者さんが生きる方を選択してほしい と願ってしまいます。
「そんな状態で生きていてもしょうがない」、「もう死んでしまいたい」という言葉をそのまま「決意表明」と受け取ることはできないし、むしろその悲痛な叫びがスタートのことが多々ありますから。

でも、悲嘆でも投げやりでもなく、延命治療を受けない、という生き方をまっすぐに貫かれる方もいらっしゃいます。その生き様と死に様が、神々しいくらい美しかったりします。
将来 自分が死を自覚してうろたえた時、きっと彼らのことを思い出すでしょう。というか、その時は記憶の底から出てきて、私を鼓舞してほしいと願っています。

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自分や、自分の大事な人の延命治療の選択を迫られたら、辛いし怖いです。
生き死にを選べる「自由」があるのですから、自分で考えて選択できれば良し。
でも誰しもがそんなに強くはありません。迷い悩んで決められないのも人情、土壇場で気が変わるのも人情です。暗中模索の先で、ふと霧が晴れたように決意が定まることもあります。
主治医、看護師さん、ケアマネさん等々、関係者一同を大いに巻き込み、皆で悩みましょう。

↓高尾さんから頂いた写真。
代々木公園で見つけたツグミさん。わかるでしょうか? 右脚が義足なんです。
どんな物語があったんでしょう。想像すると心が温かくなりますね。

 



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