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🌸山村ヒガシ氏エッセイ第8弾 あの日あの時あの場所で🌸

🌸山村ヒガシ氏エッセイ第8弾 あの日あの時あの場所で🌸



さくらクリニック練馬 院長の佐藤です。

恒例の山村ヒガシ氏のエッセイ第8弾です。
(これまでのエッセイは「患者様の連載コーナー」-「とりとめもない山村ヒガシ」にまとめておりますので、そちらも合わせてご覧ください。)

誰しも 心が沈んでしまう時はありますよね。身近にいる親しい人が気持ちを癒してくれればベストですが、そんな人がいない時だってあるし、親しい関係性だからこそ 無神経な言動やうわすべりな慰めに かえって傷ついてしまうことだってあります。

今回は、ヒガシ氏が 自力で歩けなくなって初めて迎える年末、ちょっと切ないけれど 偶然の出会いで心が暖かくなった 素敵なエピソードです。

歩けなくなって初めて迎える大晦日

「おう、もうすぐ着くぞ」

車椅子を押してくれてるBTがそう言った。寒空の中、新宿三丁目駅からてくてくてくてく。どうやら奥の奥の方まで来てしまったようだ。このエリアの入口には小劇場がいくつかあるから何度も来たことがある。でもさすがにここまでは⋯⋯。

さっきから何人も見かける、明らかに女装してる男性を。別にその人達に偏見を抱いているわけではない、今はオネェのタレントもいっぱいいるし、ただ見慣れてないだけ。

そういえば学生の頃に友人の誘いでコミックマーケットに行ったのだが、セーラームーンのコスプレをした50歳ぐらいのオッサンがいたなぁ。あの人は女装が趣味だったのか、コスプレが趣味だったのか、どっちだ?

「着いたぞ、ここだ」
そこには一軒のバーが。中へ入ると「おう、連れて来たぜ!」と、BTはカウンターの中にいるソフトモヒカンの大男に私を紹介した。そして私はBTに助けてもらいながらなんとかカウンター席へ乗り移った。

「紹介するぜ、こちらはマスターのショウちゃん、すげえ世話になってんだよ。あ、勘違いするなよ、ヘンな意味で言ってんじゃないからな」

「はじめまして。BTちゃんから聞いてるけど難病なんだって?」

「はい。でもこれは誰のせいでもないんで仕方ないですね」

時は大晦日の23時半過ぎ。そう、ここは言わずと知れた新宿二丁目、私の未開の地であるゲイバーだ。

 

友人BTの誘い

私が歩けなくなって初めて迎える年末、「あ~あ、どこにも行けないし惨めだよなぁ」と思っているところに、劇団の研究生同期のBTから電話があった。

「おまえ大晦日はヒマ? ヒマならオレが前にバイトしてたゲイバー行かないか? ちょっと会わせたい人がいるんだよ。あ、車椅子はオレが押してってやるよ。元旦は朝まで電車あるから帰りたい時に帰れるぜ」

私は秒でOKした。独りでいてもどうせビールを飲みながら紅白を観て、ゆく年くる年を観て、眠くなったら寝るだけだ。てゆーか今後の大晦日はずっと独りで過ごすものだと思っていたのだが⋯⋯まさか誘いがあるなんて。

昔からそういうところがあるんだよBTは。困ってる人を放っておけないというか、一言でいうと男気を感じる。ちょっとやんちゃそうな見た目でしゃべりも上手い。そりゃモテるわ。ちなみにBTはゲイではない。

そういえば劇団の研究生の発表会で、私とBTともう一人の3人で組み、衣装は腰にバスタオルを1枚巻くだけの『サウナなあいつ』という20分ぐらいの芝居をやった。あれは面白かったなぁ。

 

ショウちゃんと出会う

BTが私に会わせたいというのはショウちゃんだった。ショウちゃんの他のお客さんとの会話を聞いてると、とっても落ち着くし引き込まれる。なんだろうねぇ、不思議な感じ。優しさ? 奥深さ? おおらかさ? ユーモアさ? 包容力?⋯⋯なんだか分からんがとにかくすごく雰囲気を持った人だ。

私はビールを口に含んだ。以前のようにぐびぐび飲むとむせちゃうから、ちょっとずつゆっくり飲み込む。ああ、美味い。グラスもビールグラスではなくてワイングラスにしてもらった。その方が両手で持ちやすい。

なに? ジョッキ? ジョッキなんて論外だよ。そりゃあジョッキで大量に飲みたいさ。でもさ、ムカつくことに重いんだよジョッキ。こういう時なんだよ、「ALS、くそおっ!」って思うのは。

「来て良かっただろ」
「うん、面白い。まさかノンケの俺がこういう所に来ると思わなかったよ。それよりBTさぁ、カシスオレンジよく飽きねーなぁ」
「おう、CO(シーオー)美味いんだよ。オレはCOだけでいいや」

一年ほど前、BTはひょんなことから私がALSであることを知り、階段から落ちて骨折して歩けなくなる前に一度飲んだのだが、その時もずっとカシスオレンジを飲んでた。そんなに好きなんかなぁ。たしかに飲みやすいけど度数が結構高いからな、魔の酒だねアレは。

 

ハッピーニューイヤー

「は~い、そろそろだからねぇ、じゃあみんなドリンク持って」

ついに来た。まさかこの瞬間をここで迎えるなんて。

「5・4・3・2・1⋯⋯ハッピーニューイヤー!」

あちこちから新年一発目の声が響く。私も「おめでとう」と言ってBTとグラスを合わせた。そしたら「じゃあアタシも」とショウちゃんがグラスを合わせて来た。「楽しんでる?」とショウちゃん、「はい」と私は軽く返す。

年明けか。まさかゲイバーで年を越すなんて、ちょっと信じらんねーなぁ。これは夢か幻か。ファンタジー?⋯⋯いやいや、現実です。まあでも残念ながら歩けなくなったからこそ訪れた機会だ。こういう経験ができるなんて思ってもみなかったよ。巡り合わせって不思議だね。

人生は面白いものを見つけたもん勝ちみたいなところがあると思う、私はね。そんなことを考えながら私はビールを飲む。そしてショウちゃんと客達の、時にはディープに、時にはライトなおしゃべりはまだまだ続く。

「人はみんな同じだけの運が入った袋を持って生まれてくる」

難病って言ってたけど、何っていう病名なの?

1時過ぎ、トイレの行き帰りをBTに手伝ってもらい、やっとのことで席に戻った時、ショウちゃんが優しく尋ねて来た。

ALSって知ってます? 日本語でいうと筋萎縮性側索硬化症っていうんですけど
「ああ、知らないわ。治療すれば治るものなの?」

治らないんです、今の医学では。むしろどんどん進行して動けなくなるって言われてます
「⋯⋯そう」

やっぱりALSってあまり知られてない病気なんだろう。まあ私も発症して初めて聞いたからな。はぁ~あ、どうして私はこんな病気になっちまったのかねぇ。数奇な運命を感じるよなぁ。きっと意味があるんだろう。それを探しながら生きていく⋯⋯か?

ねえ、今からちょっとだけ良いこと言っちゃうかもしれない
ショウちゃんが語り始めた。

人はみんな同じだけの運が入った袋を持って生まれて来るんだ。でもその袋がいつ開くか誰にも分からない。これはむかし観たドラマのセリフなんだけど、アタシもそう思うのよ。あ、ちょっとクサかったかしら、フフフフフ⋯⋯。でも、あなたはまだなんだね。BTちゃんもまだだなぁ」

「そうだな、オレはまだかもしれないな。ショウちゃんはどうなのよ、開いたと思う?」

「そうねぇ、アタシはこの店を持てたし、そこそこ稼いでるし、きっと開いたんじゃないかなぁ。でも、もっと良いことあったりして、フフフ⋯⋯」

なんだか言葉が温かい。説得力もある。まるで何かを悟っているかのような。神様仏様稲尾様⋯⋯いや、体型は江夏かな。でも私に会わせたかった意味がなんとなく分かった気がする。来て良かった。ああ、ビールが美味い。

「そろそろ行こうか」

1時半過ぎ、BTにそう告げた。私は長時間座って固まっていた足をほぐしながら、「どっこらせっ」と車椅子に乗り移った。店の外へ出ると、ショウちゃんも一緒に出て来た。

「頑張ってね」
ショウちゃんはそう言いながら優しくハグしてくれた。私は純粋に会えて良かったと思った。ALSで沈んでいた心に潤いを与えてくれたからね。この世界で生きてきたんだ、きっと色んな苦労があったはずだ。残念だけどここはまだ自由な世界になっていない。

さあ、帰ろう。私とBTは極寒の中、ゆっくりと新宿三丁目駅へ向かった。

ALSで歩けなくなって初めて迎える年越し、新宿二丁目にあるゲイバーでの、私とBTとショウちゃんの小さなおはなしはこれでオシマイ。

そういえば私のアパートまで原付で来ていたBT、家はたしか隣の高円寺。ちゃんと押して帰ったかなぁ⋯⋯。

山村ヒガシ

主治医の感想

いかがでしたか?

このショウさんとBTさんのお人柄と、おふたりのやさしさをキャッチできるヒガシ氏の感性、この三位一体で成立した「特別な夜」のお話でした。

私は勝手に妄想しました。

BTさんは、「難病」でどんどん不自由になっていく友人、ついに自力では歩けなくなってしまった友人に 自分がしてあげられることは何か、要らぬお節介で却って傷つけてしまわずに、彼の心を少しでも楽にしてあげられる演出はないものかと、思案に思案を重ねたのでしょう。

自分の足でどこかに繰り出すことができなくなってしまった大晦日の夜、一人で過ごすのはさぞかし辛かろう。さり気なくヒガシ氏を誘い出して一緒に過ごそう、と決意する。。
が、自分があまり出しゃばって,無神経な言動でヒガシ氏を傷つけてしまうかもしれない。

そこで、一目おいているショウさんなら、もしかして素敵な言葉でヒガシさんの心を癒してくれるんじゃないかと思い、「ゲイバーで年越ししようぜ」という企画を思いついたんじゃないでしょうか。

そしてショウさんは、さすが接客業。「難病」と紹介されたヒガシ氏の心を 少しでも暖めようと、きっと脳内フル回転で言葉を探して、あの言葉をかけてくれたんでしょう。

行きずりの 何の利害関係もない誰かの一言、あるいは言葉でなくてもいい、眼差しや態度でも、それに救われた、ということは、皆さん ありませんか?

私は自分の経験を思い出して、あらためてありがとう、と思いました。

みなさんも思い出してみてくださいね。そういう運命のプレゼントが結構あるかもしれません。

そして私たちも、二度と会うことがないかもしれない誰かに そんな気の利いたプレゼントをあげられる人になりたいですね。

ヒガシ氏のこのエッセイを読んで、私は心からそう思ったのでした。






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