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🍒「ああ、折れちまったかなぁ……」のおはなし🍒~山村ヒガシ氏エッセイ 第5弾

🍒「ああ、折れちまったかなぁ……」のおはなし🍒~山村ヒガシ氏エッセイ 第5弾

ペペロンチーノ

さくらクリニック練馬 医療秘書の竹下です。
山村ヒガシ氏のエッセイ連載の第5弾です。
今回はALS発症してから2年ほど経ち、身体が少しずつ動きにくくなってきた頃の外出時の出来事を書いて下さりました。

日課だった映画館通い

ALS発症から約2年の頃、進行がとてもゆっくりな私はなんとか歩けていた。下り坂や下り階段はちょっと怖いけどなんとか歩けていた。手先の細かい作業はやりにくくなり、仕事を失い、生活保護を受け、毎日毎日ヒマでヒマで仕方なかった。

そこでレンタルビデオで映画やアニメを借り、週一の割合で二本立てのやっすい映画館へ通うのが日課になっていた。え? なに? 演劇は観に行かないのかって? まあそういう時期もあるよ。この時は映画の方が良かったんだよね。

サイゼリヤのペペロンチーノ

ペペロンチーノ

その日は東西線で高田馬場駅に向かい、駅のそばのサイゼリヤで昼めしを食べた。ビンボーだから選べるファミレスだってやっすいサイゼリヤ。やっすくてもいいのだ、美味いんだから。

店は雑居ビルの地下一階、エレベーターはあったがあえて階段で行くことにした。「大丈夫、まだまだ行けるぜ」って思ってたからね。私は手すりをつかみながら、一段一段ゆっくりと足を下ろして行った。「あ、ヤベっ!」って一瞬コケそうになったり時間はかかったけど、やっとのことで一番下まで辿り着いて入店することができた。

注文したのは好物のペペロンチーノ、しかも大盛。ALSになってしまったからには「いつか食えなくなるんだから今のうちに食っとけ!」ってな感じで、サイゼリヤでは毎回ペペロンチーノ大盛を食べている。今は知らないけど、当時はパスタ大盛はペペロンチーノしかできなかった、と思ったけどなぁ。

片手で麺をくるくるできないから、周りの目を気にせず両手でくるくる。ドリンクバーも自分で取りに行くのは危険だから、店員さんに「足が悪いので……」と言って持って来てもらう。恥ずかしいとか言ってる場合じゃない、醜くても食べるんだ、生きるために。しかも美味いからね、だから堂々と食べる……当時はそんな風に思ってたんじゃないかなぁ。

「ごちそうさまでした。ああ美味かった!」

心の中でそうつぶやいた。さて店を出るか……って、ここからが大変。長時間座っていると足が固まって動けなくなるのだ。「よっこらしょ」と立ち上がり、少しずつ足踏みをし、足が動くようになったら、ゆっくりゆっくり牛歩戦術のように歩き始める。お会計も慎重にやらなければ。うっかり小銭を落としてしまったら店員さんに拾ってもらわないといけない。はぁ~あ、外食もつらいぜ。

固まる足

サイゼリヤから10分ほど歩き、到着したのは老舗映画館である早稲田松竹だ。もちろん二本立てで、料金は1300円。やっす!

券売機でチケットを買い中へ入る。いつも通り昭和な雰囲気が落ち着く。現在の上映回が終わり、30人ぐらいの客が出て来た。やっぱり平日昼間は空いてていい。さあ、入ろう。

入場口は一番後ろ、入ると正面にスクリーンがある。前の方の席へ行くには緩やかなスロープを下って行かないといけない。下り階段もそうだけど下り坂も苦手だ。仕方ない、座席を手すり代わりに前へ行くか。

はぁ~、足首だか膝だか知らんけど、足に柔軟性がなくなってバランスが悪いんだよね下り坂は。ひとつひとつ座席をつかんで、一歩一歩バランスを確認しな……あっ、まずい!

「大丈夫ですか?」

「あ、大丈夫です」

そばに座っている人に心配されてしまった。十分に注意してたはずなのにこんな所でつまずくとは……う~ん、そろそろ限界なのか? 杖でもついた方がいいのか? やはり歩けなくなるのか? 歩けなくなったらどんな生活が待ってるんだ?……いやいや、ネガティブな考えはやめよ。今までだって頑張って来たじゃないか。ポジティブに行こう……ということで、私は真ん中ぐらいの通路沿いの席に座った。

「これより10分間の休憩に入ります」

一本目が終わったしトイレでも行っておくか。私は立ち上がろうとしたが、サイゼリヤと同じように足が固まっている。仕方なく足をならしてから歩き始めた。ああ、やっぱり上りスロープは楽ちんだ。

トイレで男性用便器の前に立ち、ここからがまた苦労するんだ。ズボンのファスナーの開閉がものすごく大変。指先を使うからね。家ではジャージだからいいけど、やっぱり外もジャージにした方がいいのかなぁ……ということを考えながらなんとかトイレを済ませた私は、下りスロープにちょっとビビッて一番後ろの席に座った。

二時間後、二本目を観終えた私は立ち上がろうとした。「え、マジで!」と心の中でつぶやいてしまったのは、一本目より足が固まっていたからだ。しかも二本立て映画を観に行くごとに、固まる時間が長くなってる気がする。ああ……。

この日に何を観たかは覚えてない。でも一本は吉高由里子主演の『婚前特急』だったような……。

一瞬の出来事

東西線の終点中野駅で総武線に乗り換え、当時住んでいた阿佐ヶ谷駅で下車した。電車からホームに足を踏み出すのも慎重に。下手したらつんのめってしまう。そしたら周りに笑われちまうし、助けられるのも恥ずかしい。だから慎重に。

阿佐ヶ谷駅というのは高架駅である。さて、一階の改札へ行くには三つの方法がある。エレベーター、エスカレーター、そして階段だ。

私はALS発症前からできるだけ階段を使っていたし、階段を使いたいのは当然だ。でも今の私にはちょっとレベルが高いのも分かる。う~ん、どうしよう……よし、階段にしよ。手すりを使えば行けるだろ。大丈夫大丈夫!

左側の手すりを掴んだ私は、再び牛歩戦術のようにゆっくりと足を下して行った。一歩、二歩、三歩、四歩、五歩と下り……お、よしよし、なかなか順調じゃないか。よし、少しスピードを出してみるか。それっ! ポン、ポン、ポン、ポン、あっ、あっ、あっ、ああああ……ふぅ~、あぶねぇ~。足にブレーキがうまくかからねー。やっぱり一歩一歩慎重に行かないとダメだな。よし、ゆっくりゆっくり……お、なかなかいいね。ん?

「大丈夫か、ばあさんや」

「大丈夫ですよ、おじいさん」

そう言ったかは分からんけど、前方から老夫婦が上って来た。おじいさんが手すりを持ち、おばあさんはおじいさんと手をつなぎ、仲睦まじく二人並んで上って来る。

こりゃ困ったね。一番下まで残り半分くらい、老夫婦をよけるには手すりから1.5mほど離れなくちゃいけない。それとも引き返すか。う~ん、迷う。う~ん……よし、このまま行こう。せっかくここまで来たんだ、引き返すなんてもったいない。それにトライしてみたい気持ちが強い。こうなったら善は急げだ。さあ、行こう!

私は手すりを放して再び下り始めた、老夫婦をよけるために斜めに。一歩一歩ゆっくりと……よし、なかなか好調だ。あと三歩、二歩、一歩、老夫婦を通り越した。よし!

「老夫婦のために道を空けるって、ああ、なんて心の優しいワ・タ・シ」

あとは手すりに戻るだけだ、行くぞ! とっ、とっ、とっ、あっ、あっ、あっ、あっ、足が、足が、止まらない、あっ、あっ、手すりに、戻れない、あああああああ……。

「いてて……」

一瞬だった。

「ああ、折れちまったかなぁ……」

15段、いや20段ぐらいあったかな。「大丈夫ですか?」「どこか痛いですか?」「救急車呼びますね」と、周りの人達が駆け寄って来る。やがて救急隊員が到着し、私の主治医がいる順天堂医院(御茶ノ水)へと搬送された。

人生初の骨折と入院

診断は左肩と左肋骨の骨折。しかもベッドに空きがないということで、主治医が週一で出向している浅草病院で3ヵ月間入院することになった。そして退院後より、家では歩行器、外出は車椅子、身の回りのことはヘルパーさんに手伝ってもらう生活になってしまった。

私はこの日、人生で初めての骨折をし、初めての入院をした。トライしてみたいというやっすい欲望に負けて悲劇を招いてしまった。あ~あ、エレベーターにすれば良かったぜ。時間って戻せねえかなぁ。お~い、ドラえも~ん、出て来てくれよぉ~。

ALSを発症したての皆様、決して無理をしないでください。「大丈夫大丈夫!」と思っていても、私のように痛い目に合ってる人がたくさんいます。

でも無理したくなる気持ちは分かります。だってこの前まで簡単にできてたんですから、まだやれるって思っちゃいますよね。それでも、無理はほどほどでお願いします。

山村 ヒガシ

感想

今まで出来ていたことが少しづつ出来なくなってしまう事はとても怖く、つらいものです。
今回の話は果敢に挑戦した結果、骨折し入院されてしまった話ですが、山村ヒガシさんの文章からは辛さや悲しさよりも前向きな明るさが伝わってきます。

ALS(筋萎縮性側索硬化症)という病気は、人によって症状の出方や進行速度に個人差があります。
山村ヒガシさんは話の冒頭に仰られているように進行がとてもゆっくりで、今まで出来ていたから大丈夫、まだいけるという思いが特に強かったのだと思います。
病気によって出来なくなってくることが分かりつつも、今までのような生活を続けていきたいという気持ちはだれにでもあるかと思います。もちろん、挑戦するという気持ちは忘れてはいけないと思いますが、そういうときこそ無理しすぎず、慎重に取り組んでいただければと思います。

 

 






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