🌸山村ヒガシ氏エッセイ第6弾「地獄の胃瘻造設」🌸
🌸山村ヒガシ氏エッセイ第6弾「地獄の胃瘻造設」🌸
2023年05月25日
さくらクリニック練馬 院長の佐藤です。
おまたせいたしました!
久々の山村ヒガシさんのエッセーです。
お待たせしたのは私のところで溜めていたからです。ヒガシさん 申し訳ありません。作品はぞくぞくいただいています。
今回は「地獄の胃ろう造設」という なにやら物騒なお題です。
軽妙なヒガシ節は健在ですが、なかなか染みる内容です。
患者さんに対する基本的な気遣いについて、大いに勉強になります。
特に、病院関係者の方々に読んでほしい!と私は思いました。
*「胃瘻」って何?、あるいは胃瘻についてもっと詳しく知りたいと思った方は、こちらの記事も参考にしてみてください。
さて、では山村ヒガシさんのエッセイにいきましょう。
ついにその時がきた
「そろそろ胃ろう造設を考えた方がいいかもしれないね」
そう言ったのは在宅の主治医だ。うどんも蕎麦もまぐろのたたき丼も半熟卵のドリアも、とろろや納豆ペーストなどのとろみ要素を加え、よく噛んでゆっくりゆっくり飲み込めばなんとか食べられる。だが食事時間がかなり長くなっているのも事実だった。主治医はそこを見た。
「長く食べてると疲れない? 今はまだ食べられてるからいいけど、食事時間が長いのはあまり良いことじゃないからね。胃ろうは早い方がいいと思うよ、備えとして」
私は観念した、「あ~あ、胃ろう造設かぁ……」と。
1~2年ほど前から『胃ろう』というワードはちらほら出て来ていたのだが、ついに進行の遅い私にもその時が来てしまった。胃ろうって胃に穴を開けるんだろ? 想像すると実に「とほほぉ~」な気分だ。
入院先は某総合病院に決まった。この病院は1年ぐらい前に検査入院したのだが、看護師の対応がいまいちで印象が良くない。でも「ヘルパーさんを……」ということをクリニックが交渉してくれたおかげで、入院中は日中も夜中もヘルパーさんの滞在がOKになった。しかも個室で。ナイス!
入院エレジー
入院当日の朝、介護タクシーに乗り某総合病院へ到着したのだが、いや~タクシー代が高い高い。2万だよ2万! 福祉事務所が手配したんだけど、私がいつも使ってるタクシー会社なら4000~5000円程度で済むのに。
以前通ってた御茶ノ水の順天堂医院までが1万程度だ。2万あったら千葉県まで行っちゃうじゃんかよ。はぁ~あ、無駄遣い。今回の入院、前途多難な気がするなぁ……。
私は受付を済ませてから病室に入った。個室だ。ベッド、ポータブルトイレ、テレビ台、小さなロッカー……いかにも殺風景。ロッカーの上に赤い造花のバラが一輪だけ花瓶に生けてあるのがかえって物悲しい。まあそんなもんか、病室だもんね。
「帰りたい」
私はヘルパーさんにそう言った。
「何言ってるんですか、来たばっかりですよ」
入院が嫌いな私。一刻も早く帰りたかった。身動きが取れずしゃべれない者にとって、入院というのはものすごく苦痛なのだ。
病院の看護師はほとんど文字盤ができないから、ナースコールで呼んでもやって欲しいことが伝わらない。だから今回のヘルパーさんの滞在がOKというのはヤバいくらい助かる。また言うけど、ナイス!
いざ出陣!
「アタシが胃ろう造設をやるからね。安心して、すぐ済んじゃうから。5~10分くらいだよ」
午前中に診察をしてくれた女医先生は言った。診察後、看護師が「先生は胃ろうの経験が豊富だし、この病院で一番上手いわよ」と教えてくれた。そうか、まあ一番っていうし、すぐ終わるっていうし、それもナイスなのかな。さあ、午後の胃ろう造設に向けて気持ちを集中させよう。
15時、ストレッチャーに乗って処置室に入った。しかもヘルパーさんの帯同はOK。よーし、これで文字盤が使えるぞ。ナイス!
処置室には二人の看護師がいた。一人が「口から内視鏡を入れるので喉に麻酔をします」と言い、口に麻酔薬を入れた。間もなく喉の辺りが変な感じになって来た。やがて女医先生とスーツ姿の男性が入って来た。
「始めるからねぇ。それでね、普通は造設のあと数ヵ月経ってから病院に来てもらって、一度胃ろう交換してからじゃないと自宅で交換できないのよ。でもそれって面倒くさいでしょ。今回は最初から自宅で交換できるキットを使うからね。初めて使うキットなんだけど安心して、上手くやるから」
え、なに、初めて使うの? マジかよ、そりゃちょっと不安だなぁ。でもここは女医先生を信用するしかない。ああ、なんかビビッてんなぁ。なんて気の小さい私。情けねー。情けないけどここは信頼するしかない。
そして長い戦いが始まる
いよいよ始まった。まず看護師が口に筒みたいなものを入れた。おかげで口を閉じることができない。看護師が「唾液がたまったら吸引するからね」と言った。ここから内視鏡を入れるらしい。
「じゃあ入れるよ~、ちょっと我慢してね~」
女医先生はぶっとい内視鏡を口に入れた。どんどん奥へ入っていく。やがて止まった。どうやらモニターに写った胃の中を見てるようだ。ああ、喉が辛い⋯⋯でも短時間ならなんとか。すぐ終わるすぐ終わる。ああ、辛い⋯⋯。
「この辺かな⋯⋯お腹に麻酔するね」
女医先生は麻酔を打ち、効いて来た頃にお腹をいじり始めた。触ってるのは分かるが痛みはない。
それより唾液がたまって来た。口を閉じられないから飲み込めない。私はヘルパーさんに文字盤で「きゅういん」と伝えた。
「看護師さん、吸引してください」
ああスッキリした。ちょっと看護師さんさぁ、そっちの仕事があるのは分かるけどさぁ、もう少し気にしてくれないかなぁ、一応こっちはALSなんだからさぁ、唾液が気管に入ったらマジ大変だからさぁ⋯⋯
ん? なんだ? なんかお腹が膨れて来た。空気だ。胃が空気で膨れてるんだ。ちょ、ちょっと苦しい。
まな板の上の鯉
「おかしいなぁ、普通抜けるんだけどなぁ⋯⋯ねえ、これって、こうでいいんだよね?」「ああ、これはこうやって⋯⋯こうですね」
女医先生は何やらスーツ男と話し始めた。するとヘルパーさんが私の耳元で「あの人、新キットのメーカーさんですよ」と教えてくれた。
私は驚いた、「え、マジで!」と。てことは使い方を今聞いてるってこと? てことは私は新キットの実験台⋯⋯勘弁してくれよ、なんで私が実験台なんだよ、冗談じゃない。
と思っていたらまた唾液がたまって来た。再び文字盤で「きゅういん」と伝えて吸ってもらい、そしたらまたお腹が膨れて来た。ぬおおおおっ! 苦しい、苦しいよぉ⋯⋯。
「おかしいなぁ⋯⋯抜けないや。これが、こうだよねぇ⋯⋯」
おかしいなぁじゃねーよ! こっちは必死で耐えてんのに、ちんたらやってねーで早く終わらせてくれよ!
と思ったらまた唾液。ヘルパーさんが「吸引してください」って言ってるのに今度はなかなか吸いに来ない。と思ったらまたお腹が膨れて来た。ひええええっ!
地獄・・・
その瞬間、甲子園に魔物が潜むように、カンニングが試験官に見つかった時のように、処置室はまるで地獄絵図のような空間と化した。女医先生はエンマ様か?
globeの「Joy to the love 眠れない 想いがつのる 駆けめぐる⋯⋯♪」と歌い始める名曲が一瞬頭をよぎったが、私はこの女医先生を絶対に愛することはできない。
って、そんなことはどうでもいいんだよ、とにかく一刻も早くこの状況を終わらせてくれぇ⋯⋯あ、あ、また、また⋯⋯お腹が⋯⋯は⋯⋯はれつする⋯⋯ぐおおおおっ!
私はヘルパーさんに「げんかい」と伝えた。
「すいませ~ん! 限界だそうです!」
「やっと抜けた。これで大丈夫かなぁ」
ふぅ~、やっとお腹が楽になった。でも抜けた空気は3割ほど、パンパンには違いない。
「もう終わるよ、あとお腹縫うだけだから。ちょっと時間かかっちゃったね」
こうして胃ろう造設は終了した。
戦いすんで
私は病室へ戻りベッドに移った。なんだよ、5~10分で終わるって言ったのに、30分もかかって。はぁ~あ、お腹が苦しい。
女医先生は「あとはガスを出すしかないかなぁ」と言っていた。出るかなぁオナラ⋯⋯てなことを考えていたら、だんだん麻酔が切れて来た。ああ、いてて⋯⋯そりゃそうだよな、お腹と胃に穴を開けたんだから。
幸いオナラはわりと出てくれて、寝る頃には胃が引っ込んだ。ナイス! ただ微熱が出た。術後は出るかもしれないって言ってたからね、これは仕方ない。
入院二日目は完全休養日。食事とトイレ以外はずっとテレビを観て過ごした。相変わらず微熱はあるが、胃ろうの痛みが半分ぐらいになった。食事も取れてるし結構元気。
入院三日目、微熱は下がり、痛みもだいぶ和らいだ。私は女医先生に退院を願い出た。
「ホントに大丈夫? もう少し様子を見た方がいいと思うけど。でもそんなに退院したいっていうならいいよ。とりあえず安定してるみたいだしね」
ということで私はプラン通り二泊三日で退院した。クリニックとしては、胃ろう造設の場合は最低でも五日間の入院を勧めているらしい。だが入院嫌いな私のために二泊三日のプランを考えてくれた。私は無事に任務を完了した。
散々だった胃ろう造設。まあでも現在まで特別大きなトラブルもないし、とりあえずナイスとしておこう。これから胃ろう造設を行うみなさんが平穏に終えられますように。
お~い、私の胃ろうよ、聞いてるかぁ! エンマ様に引っこ抜かれないように悪さしないでおくれよ、頼むぜ!
山村 ヒガシ
🌸主治医の感想
いかがでしたか?
入院経験のある方、特にヒガシさんと同じくALSで胃瘻造設をした方は、そうそうそう!!と共感する部分もあったのではないでしょうか。
ヒガシさんを担当してくださった女医の先生、私は面識がないのですが、きっと明るくて元気で気さくて、とても素敵な先生なんだと思います。
だから「地獄」の体験になってしまったことが、よりいっそう残念でした。
病棟医はとても忙しいので、ゆっくり時間をとって丁寧に説明するのは 中々大変です。が、患者さんは不安でいっぱい。
特にヒガシさんのように喋ることも(内視鏡を入れているので みんな喋れないんだけど!)、手足を動かして意思を伝えることも難しい患者さんにとって、検査や処置に対する不安と恐怖は∞(無限大)です。
これは医療従事者である私たちが まず肝に銘じなければならないことですね。
ヒガシさんの体験談を読んで、胃瘻を造るのが怖くなった あなた!
逆にこのエピソードを前向きに活用してください。
・処置の内容について 事前に丁寧な説明をしていただく。(主治医の先生が忙しければ、動画などを見せてもらう、でもよい。)
・処置中に ものすごく痛い、苦しい、となったら、こういうサインを出す、と決めておく。
など、準備を整えて臨むようにしてください。
例えば、この女医の先生が 事前にこんな風に説明してくださっていたら どうだったでしょう。
「普通は造設のあと数ヵ月経ってから病院に来てもらって胃ろう交換して、自宅でも交換できるタイプに変えるんだけど、通院も大変だろうから、今回はその必要のないタイプ、次の交換から自宅で交換できるタイプを使おうと思うの。
私は胃瘻造設はそれなりの数をこなしているので、自信はあるんだけど、今回は初めて使うキットなので、そのハンディはあると思う。慣れているキットだと10分くらいでできるんだけど、今回はもう少し時間がかかってしまうかもしれない。もちろん業者の方に同席していただいて、予期せぬトラブルが起こったらすぐに対応していただくので、そこは安心して。」
「途中で 痛かったり苦しかったりしたら、******(=合図を決めておく)で合図して。ただし、ある程度のところまでいったら、ここで止めます、という訳にはいかないので、なんとか頑張ってほしい。今どういう状態で、あとどのくらいかかるのか、なるべく声掛けしながらやっていくね。」
「特に辛いのは内視鏡が喉を通過して胃に入るまでと、その後 空気を入れて胃を膨らませている時、だと思う。胃を膨らませるのは 処置上絶対に必要だから、ここは我慢してほしい。なるべく早く終える様にがんばるね。」
どうでしょう。
からだの苦痛は同じであっても、こんな声かけがあれば 何とか頑張れませんか?
そしてあなた(=ヒガシさんと同じようなハンディのある方を想定)からは、事前にこんな風に伝えておく。
「僕は飲み込みの障害があるので(←胃瘻を造るんだから 当たり前なんだけど!)、胃カメラを入れた刺激でえづいたり唾液がたくさん出てきたら 吸引してもらわないと かなり苦しくなると思うんです。できれば看護師さんに注意深く僕の顔を見ててもらって、*******(=合図を決めておく)したら『吸引する?』って声をかけてもらえるとありがたいです。」
「ヘルパーさんには文字盤で伝えられますが、姿勢によってはいつもの様にはいきません。不安でいっぱいですが、がんばります。よろしくお願いします。」
どんなに医療が発展し技術が向上しても、患者さんの不安は尽きぬものです。
双方からていねいなコミュニケーションをとることで、「とてもよくしてもらった」という思い出になりますよう、みなさん がんばってくださいね!!